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映画『嘆きの天使』

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私、デートリッヒがドイツ語で歌ってる『風に吹かれて』のレコードをもっているのですが、これがとてもいいの。

あの有名なリリー・マルレーンのB面の曲なのですが私自身はこちらの方が断然いいと思ってる。

ドイツ語独特の語感というか、それにデートリッヒのあの嗄れ声でしょう、もー痺れちゃう。

マレーネ・デートリッヒと言えば 『モロッコ』 『嘆きの天使』『間諜X27』を むかし、テレビで見たぐらいなんですが、その中で『嘆きの天使』がより強く印象に残っているんですね。
でも私の印象に残っているのはデートリッヒのというより、リメイク版のローラ役は誰だったのかなー、先生役が確かクルトユルゲンス。

ストーリーは場末のキヤバレーを渡りあるいている踊り子一座のローラと彼女にひとめ惚れをした高校教師ラートの転落していく人生模様を描いたもの。

異質な世界を生きてきた二人が互いの異質さに惹かれて結婚するのですね、

やがてラート先生は教師の職を捨て、ローラの一座に道化として加わり各地を廻るのですが、もともと違い過ぎる二人ですから、破綻に向かうのは目に見えているのですが。

先生は地位も名誉も誇りも地に落ちボロボロになっていくのですが、惚れた弱みで彼女についていかざるを得ないんですね。

そしていつしか時は流れ、故郷の町の忘れもしない二人が出会ったあのキャバレーで元の自分の教え子達を目の前に道化を演じなければならない屈辱、それとローラの浮気で彼は発狂寸前までいくのですが、彼の身を按じて見に来ていた、かつての学校の校長先生にかろうじて救われるというような…

何しろ随分昔に見た映画ですから記憶は定かではないのですが。

この映画を見てつくづく思いましたね。
全身全霊で惚れるということは美しくもあるが悲惨なものだなーと。
by rampling | 2004-06-29 07:00 | 映画 ・ドラマ

定年後の夫婦 -


私には同世代の友人とは別に70代の年上の友人がいて、その彼女とは年に数回お食事をしたりするのですが、この間の会食は彼女のご主人のグチで始まり、グチで終わりました。
彼女のご主人は親しい友人もなく、外出もせず、毎日テレビを見たり、編物をしたりして家でゴロゴロしていているそうな。
彼女も70歳を過ぎ体力的にも疲れてきているし、スーパーへの買物やら、家事やら、いろいろ助けて欲しいのに、ご主人ときたらお尻に根っこが生えたように動かない、そして朝の散歩以外は外に出ない。
たまに外出してくれれば食事の世話もいらず楽なのだがそれも叶わず、唯、毎日家にいるだけなのが嫌でしょうがないとこぼすのですが、どうなんでしょうね。ご主人にしてみれば会社勤めから開放された今、とことん好きなことしかしたくないという心境なのでしょうか。

聞いていてなんだか彼女も彼女のご主人も気の毒になりました。
しかし、連れ合いが定年を迎えると今までの互いの在り方、関わり方が問題化してくるのかなー。
人生の終盤になって互いにこんな味気無いきもちで暮らすのはなんとも淋しいことだと思う。
ちょっと考えさせられた一日でした。
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by rampling | 2004-06-28 06:52 | 思ったこと
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題名21』を見てすっかり感動してしまい予約注文していたアミーチ・フォーエヴァーの《ジ・オペラ・バンド》と一緒に配達を依頼していたボンドの《リミックス》が昨日届いた。

ジ・オペラ・バンドは、はるか彼方へ想いを巡らすような
美しく透明な旋律と重唱の素晴らしさを実感させる曲の数々。

中でも「PRAYER IN THE NIGHTプレイヤー イン ザ ナイト」は最初から感動的でなぜか知らぬが泣けてくる。不思議ね。わたしはこの曲が一番好き。



曲目リスト
1.プレイヤー・イン・ザ・ナイト
2.センツァ・カテーネ [アンチェインド・メロデイ]
3.カント・アラ・ヴィータ
4.ヴィータ・ミーア
5.兵士のためのレクイエム [バンド・オブ・ブラザーズ]
6.ウィスパー・オブ・エンジェルス
7.聖なる神殿の奥深く ビゼー:真珠採り
8.風は穏やかに モーツァルト:コシ・ファン・トウッテ
9.ニムロッド/ルクス・エテルナ エルガー:エニグマ変奏曲
10.月に寄せるアリア ドヴォルザーク:ルサルカ
11.司祭ザドク ヘンデル:ジョージ2世の戴冠式アンセム
12.誰も寝てはならぬ プッチーニ:トゥーランドット
13.ジュピター ホルスト:惑星
14.アメリカの祈り

ボンドは《シャイン》でハマってしまい次に《ボーン》を買い、(逆ですが)(^^)今回の《リミックス》で3枚目。

ボーンはイマイチでしたが、リミックスは最高。

すべてがアップテンポな調子のよい曲で、またまた聴きながら踊ってしまった。

「 Allegretto」


主人は卓球の試合で巣鴨まで行っていて留守だったので、思う存分踊り狂ってストレスを発散できた。

これ幸いなり。

曲目リスト
1.Victory(Sharp Boys Wild String Edit)
2.Viva!(Orion Mix)
3.Wintersun(Bobby D'Ambrosio Mix)
4.Speed(Crash Radio Edit)
5.Fuego(Caliente Mix)
6.Homecoming
7.Viva!(Del Underground Mix)
8.Atlanta
9.Shine(Dubschakra Mix)
10.Time
11.bond On Bond(Hectic Mix)
12.Duel(Indonesian Mix)
13.Jingle Bell Rock
14.Innocent
by rampling | 2004-06-27 09:09 | 音楽

ジャズ初体験

大野俊三ツアーに行って来ました。

私はいままで音楽はジャンルを問わず、さまざまなモノを楽しんできたのですが、ジャズだけはなぜか興味がなくて横目で見て通り過ぎてきたんですね。

それもただ「ウルサイだけの音楽」という認識しかなくて。

でもトランペットだけは好きだったので、そろそろジャズの初体験もいいかなと思って出かけてみたのですが。

ホールに入ると、もうすでに『ファースト ステップ』が演奏されており、やっぱりうるさくて「シマッタ!」と思ったのですが、なんのなんのうるさいと思ったのは最初だけで、次の曲あたりからは耳も馴れてきて、いつものように身体で調子を取っている私がいて。

しかし、ジャズというのはピアノ、ベース、ドラムス、ギター、トランペットのそれぞれが自己主張してて決して譲らない音楽なのだなと思いました。

これでもかこれでもかというようにそれぞれのリズムが我先にと押し寄せてくる感じ。

トランペットの金切り声に、気分を害したピアノは憤懣やるかたない心情をベースに吐露し、それを聞いたベースがまあまあとなだめ、そんな二人の様子にドラムスがちょっかいを出し、なおさらに
煽りたて、ギターはそんな彼等の様子をただただ傍観しているというか。(ギターはタマにしか演奏されないので)

しかし、聴き手の細胞のひとつひとつに突き刺さってくるような、あの圧倒されるようなリズムとボリューム感はスゴイですねー。

たたきつけるようなピアノの演奏なんか聴いているとメロディーなんていう感じではなく、切れ切れの単なる音の連なりというか、でも音の連なりがメロディーだし、あーワカンナイ。

それぞれが独自に演奏し、まったく調和していないかと思えばそれなりに調和しているし。

しかし、アレンジに次ぐアレンジでオリジナルのメロディーは何処かへいってしまって、私の好きな『サマータイム』や『グリーンスリーヴス』のオリジナルのフレーズも曲の途中や最後の方でやっと確認できるみたいな。

そーか、ジャズとはこういうものなんだと認識を新たにすることいかばかり。

クラシックの静かに気高く、メロディーが水面をさらさらと流れ行くような上品さに比べ、ジャズは猥雑であるが活気があるというか。
パッションとパワーの世界なのかな。

しかし、知識不足と経験不足、それにヴォキャブラリー不足で、この感動を伝えるに伝えられないこのもどかしさ。

まー初心者で、これはあくまでも最初の一歩ですからね、これから追々経験を重ね、ジャズへの理解を深めていければいいなーと。

この演奏会は、ただトランペットを聴きたいがばかりに行ったのですが、大野俊三さんは世界的なトランペッターなんですってね。

それも交通事故に巻き込まれ、唇を切り、前歯を折るなどトランペッターとしては致命的な危機に陥りながらも強靭な精神力でそれを乗りきり見事に復活したのだが、数年後またもや扁桃ガンを除去する大手術を受け、片側の唾液線と神経を除去、トランペッターとしての致命的な障害を受けたのだが、また一から初めて演奏活動を再開できるまでに克服した人なのだとか。

そんなこととは露知らず、彼の司会する、ややかすれ気味の声に「まー、なんて素敵な声なの」なんて岡惚れしていたのですから、なんともオメデタイ奴なのである。私は。

さて今回の演奏者は以下の通り。

トランペット/大野俊三
ピアノ&キーボード/ジョージ・カリガン
ギター/ジョン・ハート
ベース /エドワード・ハワード
ドラムス/クラレンス・ペン
by rampling | 2004-06-26 07:54 | 音楽
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ずーっと前、十年ぐらい前、いやそれ以上前だったかなー、NHKだったと思うんだけど、作家の宮尾登美子さんと塩野七生さんとの対談番組を見たのですが、その時の彼女の印象がすこぶる悪かった。

傲慢で気位の高いイヤな女に見え、なんじゃこの女は!と思ったわけです。

そして、その対談も和気あいあいのムードからは程遠く、何だか不穏な空気が漂っておりました。

ところがところがである。それからも彼女の本を読んだり、テレビで彼女のお顔を拝見してるうちに、彼女独特の鋭い顔というか、要するに目付きの悪い、意地の悪そうな顔にグングン惹かれていっちゃったんですね。

聖子さんのように幾つになっても少女のような可憐な風情を漂わせている女人も好きですが、毒のある花はなおも人を惹きつけるというか。

彼女の書くというか語るところの歴史上の出来事や人物、これが面白いの。

女性でありながら骨太な力強い文章で腕力もあるし、読んでいてワクワクする。歴史を書いているのだが物語りを読むように面白く、へたな推理小説を読むよりは余程面白い。

しかし、私如きの読解力では彼女の作品をどこまで理解できているかは怪しいものですが。

by rampling | 2004-06-25 06:47 |

クレオパトラ

「史上最高の美女」とされている古代エジプトの女王クレオパトラはいかめしい顔つきで小柄な太めの女性だった可能性が高い。

クレオパトラは身長1メートル50足らずの太めの女性でワシ鼻の持ち主だったと推測している」

コノ記事を見て私「フン、太めがどーした!ワシ鼻がどーした!」

太めだろうとわし鼻だろうとクレオパトラは十分魅力的だったのである。

美人だから魅力的とは限らないのである。

美人じゃなくとも魅力的な人はたくさんいるのだ。

田辺聖子さんを見よ!寂聴さんを見よ!
by rampling | 2004-06-24 06:55 | 思ったこと

私の子供時代  

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私のふるさとは札幌で、家から歩いて5分程のところに北大があります。小さい頃の私の遊び場は北大の構内でした。

町内では私が一番年長だったので自然と私が親分となり、年下の子分共をゾロゾロ引き連れて、冬を除いては春、夏、秋と雨が降らない限り、毎日のように北大へ通っていました。

肩にベニア板で作った画板をかけ、お昼のお弁当のおにぎりを持ち、クラーク博士の銅像の横の芝生の上で、それぞれにヘタな絵を描いてはお互いに見せ合いっこして、それに飽きると女の子はタンポポやしろつめ草の花を摘んで王冠や首飾りを作ったり、男の子は虫を見つけては観察し、ちぎってみたり、踏みつけたり、残酷なことを平気でやっていました。

それにも飽きるとみんなで芝生の上にねっころがってしばらくはぼんやり空を眺め…眺めつづけて急に空が怖くなったり、「よし!探検しに行こう」とみんなに声をかけ広い構内をあちらこちら、ゾロ
ゾロと移動して…北大植物園ではグスベリやコクワの木の実を見つけて取って食べ、コクワは噛むと甘くてトロリとした蜜みたいなものが口に広がり大好きでした。

家にいる時はあやとりやオハジキ、お手玉なんかをして、つまんなくなったら、10円玉をにぎりしめ駄菓子屋さんへ走ったり。

かくれんぼもしましたね。それと「カゴメ、カゴメ」、「~ちゃんが欲しい花いちもんめ」

マリをつきながら「あんた方どこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ…」なんて。

S陣取りってしませんでしたか。

道路に白墨で大きなSの字を書き、そのSの字の中に敵、味方と別れて入りケンケンをしながら敵の陣地に入り、両手で押し合いケンケンをしている足が地面に着いたら負けで残った人数が多ければ勝ちのゲームですが。

北海道だけかなー。

それと家にお風呂が無かったので近所のみんなとゾロゾロ町内の銭湯にも通いました。

貸し自転車屋さんもあったでしょう。

一時間5円か10円で1号から10号位までのいろいろな大きさの自転車がそろっていて、転んでは起きあがりの連続でやがて一人で乗れるようになりましたが。

そうやって、日が暮れる迄外で遊んでいましたね。

モノは無くとも良き時代でした。
by rampling | 2004-06-23 07:05 | 思ったこと
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案内された教室へ入ると60代、70代の男性がズラリと並んでいてこれは意外でした。

カルチャー教室といえば「オバチャン」天国。

その中に私と同世代と思しき女性が一人。たった一人でんがな。
そして30代の女性が一人。

講師は「誰かに似ているなー。誰だっけ」と…

「ソウダ!化粧を落とした下町の玉三郎の梅沢富美男だわ」とガッテン!ガッテン!ガッテン!

先生の紹介及びメンバーと一日入門者の自己紹介があり、次に前もって出されていた課題での各自の投稿文の論評が始まりました。

自分の作品を朗読し先生や皆さんの果断のない批評を受ける。

メンバー15人の作品を一人ずつ取り上げ、まず先生が感想を言い、その後、残りのメンバーがなんやかや言い合うのですから、そりゃ時間はかかるし、又おじいちゃん達はアアダ、コウダと話しが長い。 聞いているうちに眠くなり早く帰りたくなってきた。

でもせっかく2000円払ったのだから元をとらねばと頑張って聞いて来た。

先生が仰ったことをまとめてみると、まず「筆写」をする。

好きな作家の作品を原稿用紙に句読点を含めそっくりそのまま写す。そうしてるうちに作者の特徴が見え、息づかいまでが聞こえてくる。

それから「短文」を書く。それには観察と記録が大事。自分の心情を語りながら見たことを書きとめる。

言いたいことが多すぎる場合は気持ちを整理しポイントを絞る。そして自分の書きたいことに集中していく。

何だか疲れちゃって記憶に残ってるのはこれだけ。

でも、エッセイとか小説を書きたいという希望がなく、ただ日記をとにかく好きに、思い浮かぶままに書いていきたい私としては、さーどうなのかな。参考になったのかしら。
by rampling | 2004-06-22 06:06 | 思ったこと
タイトルに「姥ざかり」とありますがこれは歌子さんの姥ものシリーズではなく、俳優の高倉健さんのご先祖サマの小田宅子さんら商家のおかみさんで歌仲間の4人が、50歳過ぎて九州から長野の
善光寺、日光まで足をのばし、五か月間、百四十四日、八百里の旅をし、名所旧跡を訪ね、歌を詠み、お芝居を見たり、ショッピングを楽しみ、またゆく先々の風物をこまやかに書き記した紀行文です。

これは宅子さんの旅行記はもとより聖子さんの旅行記でもあるんですよね。

宅子さん等の歩いた同じコースを聖子さんも2年以上かけて歩き、宅子さんの旅日記の記述を様々な資料をひもとき、それと照らし合わせ、また聖子さん自身の見聞をも盛り込み、その土地土地の歴史、風俗、風物、はては伝説や物語のたぐいまで総動員して現代の私たちに分かりやすいように説明、解説してくれています。

本居宣長、源氏の玉鬘、伊勢物語、雨月や膝栗毛の一文も紹介されていて、彼女の古典ものエッセーファンにとっては面白く興味の尽きない内容になっています。

by rampling | 2004-06-20 08:17 |
  

私の父は頭が良くて勤勉でせっかちで、家では威張りくさっていた。一生、刻苦勉励だったが、しょせんは二流三流の人だった。

それも息子から見れば、二流まで這い上がってきた無名の人である。この父を私は嫌っていた。

私自身に子供ができるまで、父のような男にはなりたくないと思っていた。

子供のころから私は父親のことを恥ずかしく思っていた。恥ずかしくなった原因のひとつは、父の立小便である。

小学生だった私が夕方まで原っぱで遊んでいると、夏であれば、カンカン帽に薄いクリーム色の背広、そしてステッキをついた父が帰ってきて、空き地の前でかならず立小便をした。それが毎日の習慣だった。

父は世の父親とちがうのではないかと思っていた。けれども、ほかの父親の姿は少年の私には見えなかった。

父親がいなければどんなにいいかなどと考えていたのだから、私はじつに可愛げのない息子だった。

「アル・カポネの父たち」を書きながら、私ははじめて知った。

父は私を愛していたのである。そのことがわかったとき、小説を書いてよかったと私はおもった。父は深く深く私を愛していた。

その小説のなかで、私は父の恥ずかしいところを書いた。書くのは気がすすまなかったけれども、そこのところを書かなければ小説を書いたことにならないとわかっていた。

その一つが、父が上京するときに、私にくれた葉書である。毛筆で書いた葉書だった。

父はときどきつぎのような手紙をくれた。
「×月×日。父は上京する。汝は部屋をきれいにしておけ。父」この「汝」にはまいった。
父は何様のつもりだろうかと苦笑した。

百姓の小伜だった父、最後は福島県のある都市の税務署長で終わった父、そういう男がどうして息子を「汝」とよべるのか。

そんな父のことを小説に書きたくはなかった。できることなら、伏せておきたかった。

しかし父に触れないわけにいかなかったので、恥じを告白するつもりで書いた。そして、書いているときに、父が私を愛していたことをひしひしと感じたのである。

抜け毛を見て、いたましいと叫んだ父は、実は可愛げのない陰気な息子を笑わせるためだったのではないか。

もちろん、惜しかったにはちがいないが、そばに自分が愛してやまない虚弱な息子がいたから、わざと大げさに「いたましい」と叫んでみせたような気がする。

立小便だって、あれは父なりの、息子を楽しませるパフォ-マンスではなかったかとも解することができる。

笑わない父だったが人を笑わせた。父のちょび髭は、本人はそれで威厳がつくと思っていたらしいが、私たち兄弟の笑いを誘った。

毛がないのに髭なんか生やしてと蔭で私たちは言って笑っていた。父に愛されたなどと書くのは照れくさいことだし、それこそ恥ずかしいことだ。

しかし、小説を書いていたとき、父が私をじっと見る目をはっきりと思いうかべることができた。

私を見ている父の姿がはっきりと見えてきたのである。
その目はつねに変わらなかったように思う。

父はいつも同じ目で私を見ていた。それは、家庭でたいてい目を三角にしていた父にしては、じつに優しい目だった。私が無事に生きていくことを切ないまでに願っているような目つきで、始終私を見ていた。

小説を書かなければ、それがわからなかった。それが私のファーザ-ズイメージである。
by rampling | 2004-06-19 13:44 |

わたしの思ったこと、感じたこと、観たドラマのことなどなど。


by rampling