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これは面白い映画でした。

ストーリーは皆さんよーくご存知でしょうが、

仕官も果たさず、喧嘩の片棒を担いでは日銭を稼ぎ、そのお金で酒を飲み、飲んだくれのきままな浪人暮らしをつづけている安兵衛。

そんな安兵衛を心配し、「無頼の群れに身を投じ、無頼の心を学んではならぬ」と意見をする伯父。

そんな伯父の意見にも耳を貸さず、安兵衛は相変わらず酒に溺れる生活を続けている。

やがて、その伯父は御前試合で負けた相手方の恨みを買い、果し状を突きつけられる。

その決闘の日、伯父は安兵衛の介助を請うために長屋へやって来る。だが、安兵衛は路上で飲んだくれて帰ってこない。

そのうち決闘の時間も目前に迫り、伯父は手紙を残して決闘場である高田の馬場へ向かう。

長屋の住人から伯父の手紙を手渡された安兵衛、読み進むうちに事の重大さを悟り、
「すわ、一大事、今何時じゃ」と驚きあわて、いざ、高田の馬場へと一目散に駆け付ける。

さて、ここからがこの映画の見所で、阪妻のおっそろしく威勢の良い、肩の力の抜けた自由自在の演技というか、

地面を蹴散らし、まて!、まて!、まて!とすっ飛んで行く、あのスピード感と粋な格好の良さったら。あーた。

そんな安兵衛の後ろからは、ワッショイワッショイと手に手に棹や旗を振りかざし、高田の馬場へ応援に駆けつける長屋の住民達。

そして決闘シーンでの阪妻の踊るような変幻自在の大立ち回り。

バックに流れる調子の好い音楽と群集のざわめき、それらが一体となって、見ているこちら側を圧倒する。

これぞまさにチャンチャンバラバラの痛快娯楽時代劇というか、マッコト楽しい映画でした。

しかし、阪妻演じる安兵衛は好いですねー。

飲んべえのどうしようもない男なのだが、何処か憎めない可愛げがあって、また、エヘヘと笑う、あの笑顔が好いんですねー。

《キャットバルー》だったかな、あの飲んだくれの酔っ払いのガンマンのリーマービンを思い出しちゃいましたが。

豪放磊落というか、今ではもうすっかり流行らなくなった「男くささ」の魅力というのかなー、

今は男でも匂いのない、個性のない、無味無臭なつまんない男が人気があるそうですが、私はそんな男はマッピラごめんだなー。

そんな阪妻の演じる安兵衛の可愛らしさに、すっかりいかれちゃった私。

何とも言えない、爽やかな満足感の残る映画で、久し振りにこんな生きのいい、ワクワクするような映画を見ました。

ところで阪妻さんは1953年の夏の7月7日、七夕の日に亡くなったんですってね。
なんてロマンチックなんでしょう。

by rampling | 2004-05-30 14:28 | 映画 ・ドラマ

映画《二十歳の火遊び》

かつてのドラマ「サーフサイド6」見てましたか。
トロイ・ドナヒューは素敵でしたよね。
ブロンドの甘い二枚目で私は大好きでした。

《恋愛専科》と《スーザンの恋》は若い時に見たことがあるような記憶があるのですが《二十歳の火遊び》は初めて見る映画でした。

しかし、この映画、なぜこのようなタイトルがつけられたのか不思議。

内容はタバコ栽培を回っての利権争いというか、事業拡張を強引に推し進めていく資産家一家の陰謀とそれに立ち向かう地元住民の対立を描いたモノ。

そして、そんな大人達の間でトロイ・ドナヒュー扮する一人の青年がこの争いを通じて精悍な一人の男として成長を遂げて行く物語。

火遊びなんてモノじゃなく、これは一種の社会派ドラマだと思うんだけど。

《欲望という名の電車》のミッチ役のカール・マルデンが資産家を、そしてあの《或る夜の出来事》のクローデット・コルベールが青年の母親を演じていましたが、懐かしかったですね。

しかし、改めてトロイドナヒューをじっくり見ましたが、本当に美青年というか、彼ってあんなに背が高かったでしょうか。そして又足がすごーく長いの。

ステキだったという記憶はあるのですが、あれほどカッコ好かったとは。

彼が亡くなったのはいつだったかしら、新聞の記事に「…その後、酒とドラッグにおぼれ、ホームレスとしてセントラルパークで暮らす。復活してからは、『漂流教室』など、大林宣彦監督の作品にも出演した」とありましたが全然知りませんでした。

美しいということはもろく儚いものなのだなーと、彼のその後の人生を考えながら見ましたが…

by rampling | 2004-05-29 13:55 | 映画 ・ドラマ

放送大学の講義を聴いたことありますか。

私は放送大学生ではないのですが、興味のある講義は、お台所や、お風呂の掃除なんかをしながら時々聴いているんですね。
これは森茉莉の文学世界について、文芸評論家の小島千加子さんにお話を伺うというもの。

小島千加子さんは、文芸誌「新潮」の元編集者で、かつては森茉莉の担当編集者であり、森茉莉とは1958年から森茉莉が亡くなるまで30年近く親しい交流があったようで、今年、森茉莉生誕100年記念として、筑摩書房より刊行された全8巻にわたる『森茉莉全集』も彼女のお仕事とのこと。

筑摩書房の『森茉莉全集』なんて私は全然知らなかったので、検索してみたら、確かにありました。

これは復刊リクエストなるものから実現したものみたいですね。限定350セットとか。
1冊の値段が約7000円で全巻で60400円。結構な値段ですがもちろん完売で在庫0。

私は82年に新潮社から刊行された『森茉莉全集』全6巻を持っているのですが、こちらは1冊1600円。この違いはなんじゃ。
確かに版の違いや装丁の違いはありますが、収録されている中味に多少の差し替えはあったとしても、さほどの違いが無いような気もします。

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ここで森茉莉の紹介。

森茉莉は森鴎外の長女として明治36年に東京に生まれ、50歳を過ぎた頃から本格的な作家活動を始め、昭和62年に84歳で亡くなる。

森茉莉は父鴎外の思い出や、幼かった頃の日々のことなどを、情感豊かに描いたエッセーや、夢と現実が入り混じる絢爛たる小説、さらには辛辣な文明批評など幅広い広がりを持つ文学者である。

この講座は対談形式で進行していくのですが、聞き手は誰なのでしょうか。紹介がないので分かりませんが、最初は森茉莉との最初の出会いと、エッセイストから小説家へ転身していく時期のことを話される。

小島千加子さんが初めて森茉莉に逢ったのは、森茉莉が初めて日本エッセイストクラブ賞を取った作品「父の帽子」という父鴎外の思い出を書いた随筆集を出した次の年。

小島さんはこの人は森鴎外のことだけじゃなく、自分自身のことをも書くことが出来る方だろうという気がして、小説を頼もうと思い、アパートを探し、訪ねて行ったが留守なのでドアに名刺を挟んで帰って来る。

すると翌日森茉莉から電話があり、下北沢の風月堂で会う。その時、森茉莉は
簡単な上着にスカート、そして買物籠をぶら下げて、飄然という恰好でやって来る。

そして何の挨拶もなく、いきなり「私は弟の類をすごく愛していて…」なんていう語り口から始まり、千加子さんとしてはどういう風に話しを受け止めて良いのか分からず「まー随分変わった方だな」という印象を受ける。

(萩原葉子さんも、茉莉さんは世間的なおざなりの挨拶は一切抜きでいきなり核心へ突進していくような感じだったと書いている)

これが昭和33年のことで、森茉莉が55歳の頃で「父の帽子」と「靴の音」の2冊を出していて、これ以後本格的に作家活動を始める。

しかし、鴎外に関するエッセーから、突然小説の執筆となると森茉莉も少なからず戸惑い、尊敬する室生犀星に意見を請うハガキを出している。
犀星はどんどんおやりなさい、あなたなら出来るでしょうと励ました由。

(ここのくだりは森茉莉のエッセーの「室生犀星という男」のくだりに詳しく述べられているのですが、かなりのプレッシャーでノイローゼになりかけている)

犀星のことばに励まされ、幾つか短編小説を書くが、最初の小説は婚家のことを書いた「暗い目」という作品で、犀星にも誉められる。
それで茉莉は自信を持ち、ある一時期に自分が経験したこと、自分の身辺で起こったことなどを次々に書く。

それが「クレオの顔」これは最初はハゲ鷹という題だったのだが後にクレオの顔に直す。それと「濃い灰色の魚」

これらについて犀星のコメントは「茉莉さんは文章は良いのだが、家に例えて言えば、どこが出入り口か裏口か廊下だか分からない書き方をしている、もう少し、そういう処に気をつけて書きなさい」と言われる。茉莉は有難い忠告として受け止める。

犀星は茉莉の文章の質というものを高く買っていた。

次に森茉莉の歩みについて、特に文学者としての展開を成長に
からめて話して頂く。

茉莉が鴎外の膝下にいた時期は、ただ鴎外に甘えていればすんだ揺籃時代で、将来自分が何になりたいとか、はっきりした目標は持っていなかった。

後から聞いた話しでは絵描きになりたいという希望はあったが、良家の子女として、すんなり嫁にやりたいという鴎外の強い思いがあり、それは実現しなかった。

そして、やがて結婚となり山田家に嫁ぐ。この時代が茉莉が初めて鴎外の手から離れて現実というものに関わった時代。

茉莉は結婚しても頻繁に里帰りするような状態で、現実というものがどんなことか、結婚というものがどんなことか、はっきり認識していなかった。

その中で夫のフランス文学者である山田珠樹とのヨーロッパ経験が2年程あり、自己啓発のチャンスを得る。その時に初めて自分というものの本質に目覚め、開眼する。

結婚をし、ヨーロッパへ行き、そのヨーロッパに行っている間に父鴎外が大正11年に亡くなる。

そしてヨーロッパから戻ると現実の生活が妙に侘しくなる。それは現実生活が嫌だとか、結婚生活が嫌だとかではなく、何か自分自身の内に目覚めたもの、自分の中に「こんなものじゃないわ」というムラムラとした思いが芽生え、結婚生活がつまらなくなる。

そしてヨーロッパから帰って来た2年後に、幼い2児を婚家に残し家を出る。それから物を書きだし始める。

茉莉はもともと美的な感覚に優れ、フランス文学が好きで、モーパッサン、アルフォンス・ドーデ、ピエール・ロティの短編などを翻訳したり、鴎外の思い出や演劇時評を書いたりしながら文章の世界に入って行った。この時代は自分の文章を定着させる、助走時代ともいえる時代。

昭和30年代に入り、父の思い出をまとめて「父の帽子」というエッセーでデビューする。そしてこれが日本エッセイストクラブ賞を取り、脚光を浴びる。
これが昭和32年。そして33年頃から小島千加子さんとの出会いの中で本格的に作家として活動を始める。

結果として、最初の16歳で結婚するまで、鴎外の下にいた時期というのが、作家としての森茉莉の基盤となる一番重要な時期となる。

鴎外は生涯を通して森茉莉の神様であり得た。パッパがそう言った。パッパだったらこうした。パッパとこうであった。常にそれが付いて回った。

どのくらい付いて回ったかというと、茉莉自体が鴎外との思い出に書いている通り、子供に着せる洋服から着物から、柄までも全部鴎外が選んで決めている。

当時、洋服というのは珍しかった時代だが、鴎外は洋服の見本帳をドイツから取り寄せ、帽子はこれ、靴はこれといった具合に注文している。

食べ物も茉莉を有名店へいろいろ連れだし、贅沢させている。陸軍省にいて奥さんに用を言いつける時も茉莉を同伴させ、帰りは精養軒に寄るとか、歌の会の観潮楼へも同伴させて、座敷にはべらせている。

また鴎外は暇をみては茉莉を膝の上に乗せ、グリム童話集やアンデルセンなどを読み聞かせたりしている。
そんな鴎外の膝の上で、茉莉は鴎外のくゆらせるウエストミンスターのパイプの煙を、とてもきもちの好いもののようにその匂いをかいでいる。

このように鴎外とのコミュケーションが濃密に成り立っていた。

また鴎外は自分のヨーロッパ体験を日常生活に反映させ、側にいる茉莉にもヨーロッパの話を子守歌のように聞かせている。
茉莉はヨーロッパの香りのする品々を近くで目にし、それらを自然に受け入れている。

鴎外を通じてヨーロッパというものがアタマの中に入っている茉莉は
19歳でパリへ行き、それを実感する。

大切なことは、詳しい会話を交わしている訳ではないのに茉莉は鴎外の奥行のあるひととなり、人間性、その精神貴族のような所を側にいて黙って吸収していたということ。

茉莉が鴎外から受け取ったものは非常に大きいものがある。
鴎外の優しい人間性、家族への気づかい、茉莉もそんな父親の愛情を受けっぱなしではなく、作家活動の中で大いに形となってくる。

鴎外と茉莉の親子関係が小説の中で反映され、その集大成となったのが最後の長編で10年もかかって書き上げられた小説の『甘い蜜の部屋』その時茉莉72歳。

これはモイラという無口で自己中心的も甚だしい、自分の気に入るものなら何でも受け入れるが、ちょっとでも気に入らないと態度ではねつけるという特殊な少女とその父親との濃密な愛情関係を描いたもの。

《モイラは私である。私はモイラを、私の性格で描いたが、人のいいところだけは削った。そうして女らしい小狡猾さ(こずるさ)と意地悪とをつけた。そうしないと、小説がつまらなくなるからだ。》

作家がいろいろ子供の時のことを思い出して、特に父親や母親についてエッセーを書くということがあるが、森茉莉の場合は長編小説の中で自分の実際の体験を、さらに虚構の世界の中で生かして作品化することが出来たということが文学者としての森茉莉のすばらしさである。

この親子と対比されるのが同じく明治の文豪と呼ばれる幸田露伴とその娘である綾の親子。

露伴は非常に手厳しく綾を躾る。綾は露伴の命じるままに部屋の掃除から炊事、洗濯をすべてこなし、さー露伴から誉めてもらえるかと思えばさにあらず。

一度も誉められたことがない。習い事なども一切せず露伴の日常茶飯、立ち居振る舞いから食事の作り方、お客のもてなし方、それらすべてを露伴に気に入られんが為に行なったこと、それが終生彼女の生きる姿勢を貫いた。

文章は露伴のそれとは違うが、気づかい、息づかい、物を見る目はやはり露伴のものである。直接生活のことで露伴からアレコレ注意を受けたことが綾の日常に対する目くばりになり、それが全部綾の文章に生きている。

森茉莉の場合は父親の文体とは似ていないが、何を影響されたかというと翻訳で、鴎外の即興詩人とかが頭に入りこんでいて、鴎外の文字使いの好みが茉莉の文学に受け継がれている。

茉莉の小説を読んでいるとヨーロッパ的な感じを受ける。舞台自体は日本なのだが、そこで展開されている世界が独特でヨーロッパ風な香りがする。

鴎外のヨーロッパ趣味は、しらずしらず茉莉の中に継承されている。

しかし、茉莉は多分鴎外の小説よりも漱石の小説の方が好きだったのではないかと千賀子さんは言っている。

茉莉には鴎外の作品で現代のことをサラっと書いている「青年」とか「はなこ」は好きだが歴史物はゴメンだなという気持があった。

《…鴎外は知識人としては偉かったが小説家としてはそう偉くなかった。鴎外の小説は理屈の骨が小説の中にがっしり建っていて、一種の知的な美を光らせているが、荷風の「おかめ笹」漱石の「我輩は猫である」犀星の「杏っ子」のように面白く素晴らしい小説ではない。

…父親としては大好きだが、小説家としては永井荷風や三島由紀夫氏が言う程偉くはないような気がする。
私は不肖の子で鴎外を識る人が一番いいと口を揃える「渋江抽斎」はじめ、一連の歴史小説は退屈で死にそうである。

渋江抽斎で一つだけ面白いのは抽斎がなめくじが嫌いで、闇の中を歩いていても、いるのがわかったというところで、私も極度のなめくじ嫌いで、なめくじがいればすぐわかるので困っているからだ。

地中海的な、フランス的な美が明るく輝いて、香りと音楽が感じられる「花子」のような、初期のヨーロッパ的なところに座っていた父親が、いつ抽斎や、古本や紙魚の世界に引っ越したのか、私は知らずにいた。

私は誰が何と言っても植木屋や紙魚(しみ)の匂いは嫌いで、父親の小説の中では「花子」が好きである》

茉莉の理屈ぎらいは幼い時に鴎外に勉強を教わり、その時の鴎外の怒っているような真剣な烈しさに煩さを感じたことが原因なのかもしれない。

ぼんやりアタマで、ロマンチックで透明な夢のある美しい小説が好きな茉莉にとって、明晰で論理的な口やかましい小説は好きではなかったのだろう。

《小説の中で理屈を言ってるけど、理屈を教わるために小説を読む人なんていないわ》~黒猫ジュリエット

茉莉は小説の構想を練る時には映画雑誌のスチールなどを参考にし発想やイメージをそこから得ている。

新聞や雑誌の中から、その小説のイメージに合った人の顔の写真とか、景色、静物などを切り抜き、思いを巡らせ、想像を駆使し、小説に仕上げている。

対談の最後は森茉莉の文学を評価してくれた人に焦点をあてて語られている。

茉莉の文学を評価してくれた作家に室生犀星、三島由紀夫がいる。三島由紀夫は『甘い蜜の部屋』を日本のコレット版であり、官能的な傑作であるとベタ褒めしている。

茉莉の独特さというのは言葉の世界で、茉莉の文章を受け入れる人ならエッセーだろうが小説だろうが何でも読めるが、茉莉の独特な雰囲気、言葉遣い、文章のニュアンスに体質的について行けない人はついていけないというはっきりした分かれ方がある。

評論家などは「作者の夢に付き合わされただけである」なんて、無視に近いような態度で片付け、茉莉を失望させている。

「私の小説はきらいな人は永遠にきらいで、決して好きになることはなく、好きな人はてもなく好きになってしまうというような小説らしい」と茉莉も述懐している。

群ようこさんの『贅沢貧乏のマリア』は茉莉の文章に、群さん自身の人生を照らし合わせ、茉莉のお惚気とも取れる暢気な語り口に、彼女がいちいち反応し、イライラしているのが非常に面白かったのだが、これもやはり体質の違いからくるものなのだろうと思う。

この対談を聴き終えてみれば、茉莉の作品の中に書かれていることがほとんどで、森茉莉ファンにとってはさほど目新しさの無いエピソードの連続で、期待が大きかったせいか、私としてはちょっと肩透かしをくらったような内容でしたが、私自身ここしばらくは読むのを忘れていた森茉莉全集を久しぶりに再読できたというのが収穫といえるでしょうか。

by rampling | 2004-05-28 06:52 | 作家


この映画はイギリス、フランスの合作映画でミュージカル コメディーらしいのですが奇妙というか、風変わりというか、とにかく面白い映画でした。

虚構のウェールズの村オグー。ここでアニーは父親と一緒に暮らしている。

トレーラーに拡声器をつけ、パヴァロッティのマスクを被り、野を越え山を越え自慢の歌声を響かせながら車でパンを売り歩く父ジャック。

ところが彼はその美しい歌声に似合わず横暴な父親で娘の誕生日に実用的だからとキャベツを贈ったり、彼の留守中にピアノをひくことを禁じたり、足が冷たいからといって娘に湯たんぽ代りを命じるような男なの。

アニーは小さい時からこの父親に不器用だ、グズだ、と言われて育ってきたせいか自分に自信がもてず、30歳過ぎてもまだ親元から独立できないでいる。

しかし、このアニーも、妙に乙女チックなところがあるかと思えば、人前でタバコをスパスパすったり、コリンというつまんない男の子に熱をあげ、

彼に一回いくらでいいわなどと平気でセックスの交渉をしたり、どこか混乱しているのね、こういう彼女がたまらなく可笑しいの。

そんな彼女は15歳の時に音楽コンテストで優勝し、将来は前途洋々だったのだが最愛の母親の死以来、歌えなくなってしまう。

さあ、そんな中、今年も年に一度の町長主催の慈善募金の季節がやってきて今年はアニーの親友の不治の病で床についているベサンをみんなでディズニーランドに連れて行くことに決まったの。

そんなある日教会からの帰り道にアニーは持ち主が亡くなった家を見つけ、この家を買い独立することを夢見るのだがそれを父親に話すと一笑に付されてしまう。

気落ちしながらも、夢の家に行ってみると看板に「頭金1パーセントで即入居可能」と書いてあるのね。アニーはその看板を見てソレーッとばかり馬券を買いに走るの。
ここが私には信じられない行動なのだけど。

そして見事に当ててしまうの。だけどこんな金額ではもちろん足らないので歌のレッスンなんか始めて、「お金をためたら家を出て、自分の家を持ち自分の人生を始めるのだ」と頑張るの。

そんな時にベサンのチャリティーパーティで素晴らしい歌声を披露していた父親が突然脳溢血で倒れてしまう。

さー、これで独立ができると喜ぶアニー。ところがぎっちょん、神様はそんな甘くないのだ。父親は障害は残ったものの無事に退院してくるの。

だが口もきけず車イス生活を余儀なくされ、パンを焼くことも出来ず、一人では何も出来ないの。

あんなに独立を望んだアニーだったのだが、こうなったらしょうがないと文句も言わずにせっせとわがままな父親の世話をして、二人の生活の為に必死で頑張るの。ここがアニーのエライところ。

だがそのうち蓄えもなくなり、夢の家を買うためにコツコツと貯めてきたお金もあらかた生活費に消えてしまうの。

牧師のところへ行き窮状を訴えても、いざとなったら薄情なもので断られてしまう。

最後の手段とかねてから父親に気のあったケーキ作りの得意なイバンズ婦人にパン作りを手伝ってくれないかと持ちかけるのだが「フン!」と鼻であしらわれてしまう。
そのくせいつの間にかちゃっかり家に入りこんで父親と好い仲になってしまう。

そんな中、ベサンのディズニーランド行きには1000ポンド必要なのだが町も不景気で失業中の人も多くてなかなか募金が集まらないの。

そこで、多額の賞金が出るタレント・コンテストが隣町のカーディフで開催され賞金が1000ポンド出るというのね、それならと親友のベサンのためにアニーもメンバーに加えて貰い出場するの。

そして町のみんなに送られ、意気揚々と会場に乗り込むのだが彼女らが歌う予定の「YMCA」は他のグループが歌うことになっており、急きょ予定を変更して、三大テナーの扮装をして大会に臨むのだがひょんなことで優勝してしまうの。ここは見てのお楽しみ。

そして賞金を手に入れるのだが何しろ大金なのでメンバーの二人はアニーならばと信用してそのお金を彼女に預けるの。

預かったのはベサンのためのお金なのだが、アニーにしてみれば父親との生活で自分の夢の家の購入資金も消えてしまった今、なんとかしてお金が欲しいのよね。

それで過去に馬券を買い当選して味をしめた経験を持つ彼女はコンテストの賞金で馬券を買って自分の失ったお金をも取り戻そうとするの。

ところが見事にすってしまい、スッテンテンで帰りのバスの中はシラケ状態で誰も口をきかないの。

町のみんなはコンテストの優勝のニュースを聞いて送り出した時と同じくコンテストに参加したメンバーを迎えるべく歓待のセレモニーで盛り上がり町中が湧いてるの。

だが肝心のお金は使い果たしてしまった後ですから、アニーは村のみんなに怒りと失望を与えてしまう。本当に愚かというか…

そして我が家に戻ってみれば、父親とその愛人に冷たくあしらわれ、そして村のみんなにも絶交されてしまう。

悲しみに沈むアニーに父親が吐き捨てるように「ダメな奴だ!」と冷たいことばを投げつけるの。

その時彼女は初めて父親に口答えするの、「いいかげん聞き飽きたわ、私がいかにグズで不器用か言いつづけて、パパを愛しているけど、もううんざり、パパって最低!あの女も下劣よ!ざまあみろね、お似合いよ」と鋭く言い放つの。

ベサンにも逢いに行けず鬱々とした日々を過ごしていたのだがベサンがホスピスに入ることになり、アニーに逢いたいというの、それを聞いてすぐ2階の貯金箱からなけなしのお金を手にベサンのもとに駆けつけるの。

そして弱々しくベッドに横たわるベサンに「許して…」と謝るの。そんな彼女にベサンは「ディズニーランドになんか行きたくない、私が本当に欲しいのはあなたの歌声、死ぬ前にアニーの歌が聴きたいの」と言うの。

そのベサンの最後の願いを聞き入れ、アニーは父親のトレーラーをベサンの窓辺につけ拡声器を手に祈りを込めて、とても美しい声で歌うの。

神様にアニーの必死な思いが届いたのか、あれ程のぞんでも出なかった歌声が甦るの。

その歌声は町中に響き渡り、もちろん町のみんなも聴いてるの。やがてベサンは亡くなり、葬儀の時もアニーは又歌うのね。

空に向かってベサンに届けとばかりに歌うその姿をベサンの両親が涙をためながら、そしてアニーの父親や墓堀り君もジーっとみつめているの。

歌い終わった後ベサンの両親からベサンの手紙を手渡されるの、中にはお金が入っていて「これで家を買って」とあるのね。

手紙とお金を抱きしめるアニー、そしてあの夢にまで見た憧れの家を手に入れやっと父親から独立するの。そして前からアニーに気のあった墓堀り君と一緒に暮らすの。

この映画はストーリーも好いけどステキな曲がふんだんに流れるのがまた好いの。

《アニーよ銃をとれ》、《帰れソレントへ》、《ヤングマン》、《YMCA》、プッチニーのジャンニ・スキッキの《お父さまにお願い》 and etc... 

by rampling | 2004-05-26 11:56 | 映画 ・ドラマ

あーあ。

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子供の頃は窓の桟に腰を掛け、なに心なく空や木をポカーンと眺めていた。

本当は今だってそうしていたい。

だがこの年になるとボケたのかしらなんて好奇な目で見られかねないしなァ。

あーあ、大人であるということは不自由なことだ。
by rampling | 2004-05-25 15:49 | 思ったこと

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わたしは毎日小堺一機の「ごきげんよう」を見ながら昼食をいただくのですが、今日のゲストは最高でした。

うつみ宮土里、おさる、なぎら健壱のみなさん。彼らのオシャベリの可笑しいこと。

アハハ、アハハとお腹を抱えて笑ってしまった。ウツな気分もおあずけで楽しかったですね。

しかし、なぎら健壱さんは好いですね。人品卑しからぬ御仁というか。

ひょうひようとしてて、作為が無い。

他人の小ばかにした態度にも淡々としていて「ナニオ!」というきもちが見えない。

彼なりに何かを悟ってしまったのでしょうか。

しかし、年を経てくるとハンサムな男よりなにより話の面白い男が好いなァ。
by rampling | 2004-05-24 18:39 | 思ったこと

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日曜版の【読むサラダ】は先週に引き続き辰巳渚さん。

タイトルは《ささやかな夢》

結婚以来、進んで家事を手伝ってくれ、食事にしても昼食、夕食は作ってくれる夫なのだが、なぜか朝ごはんだけは作ってくれたことがない。なぜ朝ごはんだけは作ってくれないのだろうという疑問と不満が綴られ、さらに相手に惚れぬいて結婚にこぎつけた夫が、妻に朝食を作る洋画のワンシーンを引き合いに出し、妻は夫が作った朝食を食べながら、愛されている幸福感に包まれるのだと結んでいる。

わたしは今の夫と再婚して14年目であるが、我が夫は結婚以来、毎週土、日は家に居る限り、みそ汁付きの簡単なお総菜ではあるが、朝、昼、晩と三食作ってくれる。

わたしは今まで彼のそういう行為に喜び、感謝をしてきたが、今は料理なんか作ってくれなくてもいいから、もう少しわたしのメンタルな部分に関心を払ってもらいたいものだと切実に思う。

自分の伴侶に対するあまりの無関心さに、わたしはガックリしてしまったのだ。

55歳という年齢のせいなのか、更年期のせいなのか、肉体的な衰えやわたし自身の性格について思い悩み、へこんだり、落ち込んだり、イライラする事が多いこの頃わたし。

わたしを認めてくれ、自信を与えてくれる一言が欲しいものだが。

わたしは主人の何にでも素直に感動し、その感動をすぐ言葉に出すホメ屋なのだが、主人の口から出る言葉はわたしをへこます言葉ばかり。

なぜか感じるこのさびしさ。

しかし、主人よりテレビの方が余程わたしを元気づけてくれるなァ。

写真は札幌土産のペンダント。




by rampling | 2004-05-23 13:30 | 思ったこと

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昨日は大変でした。羽田でチェックインしようとしたらできない。
おかしいなと思い案内係の人に尋ねると「成田になっていますが」と言われる。
「あんだって?」と見ると確かに成田となっている。

これは主人が近畿ツーリストで東京から札幌の往復を買ってきたもの。じゃ帰りはと見るとちゃんと羽田になっている。普通は国内便は成田からは飛ばないだろう。

案内係の人にその旨を訴えると多分向こうのミスでしょうと言い、さいわい同じ10時の
出発便があったので、空席を問い合わせ、その便に乗れるように手配してくれた。
とても親切に応対してくれて、嬉しかった。

一難去ってまた一難で、今度は搭乗すると滑走路に不審物があり、それを検査しているので出発が遅れますとのアナウンスが入る。結局出発は30分遅れて10時半となった。

でも今朝のテレビで、昨日羽田で不法侵入対策訓練があったとニュースが流れていたが、もしかしたらコレのせいじゃなかったの。

しかし、今回の飛行はかなり揺れました。ちょうど機内サービスが始まりコーヒを
飲んでいた時に大揺れで、わたしはすぐ手でフタをしたので大丈夫でしたが、こぼして
しまった人もかなりいたよう。後で予測できない気流の関係とアナウンスが入ったが。

でも搭乗する時に、わたしの後ろに並んでた人が初めて飛行機に乗ると話していたので、この人はさぞかし驚いただろうなと同情してしまった。

札幌は雨でしたが雨に濡れた木々の緑がきれいでしたね。

母は元気で顔色もよかったが、記憶の混濁がまた一層進んだ気配。
自分の兄弟姉妹のことはすっかり忘れて、彼らとは一緒に育ったが兄弟姉妹ではない。自分は一人っ子だと言い出したり、何を話してもトンチンカンな受け答えで笑ってしまうが、これはしょうがない。

元気で、まだわたしのことを覚えていてくれるだけで良しとしなくては。

そして帰りにまた一難。主人がゲートでひっかかってしまったのだ。靴まで脱ぐ始末。
行きも帰りも同じ服装で、違うところと言えばビールを飲んだことぐらい。体温が上がって反応したのかしら。そんなことはないと思うが。結局はわからず終いで放免。

それにしても、あれこれ疲れた一日でした。

写真はお土産のメガネケース。
by rampling | 2004-05-22 15:50 | 思ったこと

母のお見舞いに。

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明日の朝日帰りで札幌に行ってくる。

母のお見舞いに。

前は一泊で行っていたのだが、ウチのコロちゃん、サクラちゃんも14歳になり、この頃ガクンと老いてきちゃって、心配で泊まれなくなった。

日帰りはキツイがしょうがない。

でも台風の影響はどうなのかな。
by rampling | 2004-05-20 15:10 | 思ったこと

映画『逢びき』

恋の始まりはいつも偶然の出逢いから。輝く太陽の下では誰しも心が開放される。

明るい日差しの下、心地よいそよ風に吹かれ歩く楽しさ、気分は高揚し、かすかな甘い期待に心は弾んでいる。

そんな時に男と出会う。

誘われるままに軽いきもちで食事をし、オシャベリをし、映画を見て、夫以外の男と日常生活から離れたところで楽しいひとときを持つ。

なにげない世間ばなしが個人的な話題に変わるころから女の心模様も微妙に変化していき、男の笑顔、語ることば、なにげ無い仕草にいつしか心を熱くしていく。

心はずみ、うきうきしている自分に気づき、心を見透かされる不安と甘いときめきが交差し、女をいきいきさせる。

男へのわきあがる想い。不安な何かを期待する心。やがて男から恋の告白を受ける。

動揺し、分別をもたなくてはと男を説得するが、その言葉とは裏腹に心はすでに男を受け入れている。

逢うたびに恋心がつのり、秘密が生まれ、不安と喜び、怖れの日々をくり返す。

前のなんでもない生活が物足りなく思え、灰色に感じてくる。

妻を信じきっている夫に後ろめたさを覚えながらも、もう止められぬ恋ごころ。

恋の罠にはまり、嘘に嘘を重ね、どうしょうもなく深みに嵌っていく。

心とからだを解き放し、かつて若き日に夫と過ごしたような新鮮な甘いときめきの日々をもう一度味わってみたいのか、結局は心の渇き、からだの渇きなのか。

やがてくる別れの時、口は重く、ただ互いに見つめ合い、ためいきをつくばかりの二人の前に、招かれざる客のオシャベリな友人が登場し、最後の別れの余韻を惜しむべくなく別れを余儀なくされるのだが、しかし邪魔者がはいったからこそ、あれ以上の深みにはまらず救われたのではないか。

その時に邪魔者に思えても後の人生であー、あれは神のみわざと思い知らされることもある。

それでよかったのである。

人生ああしなくてよかったと思うことは私にも多々ある。

情事の行方は知れている。

甘く楽しいのはいっとき。それから先は煩わしさが待っている。

死ぬまであこがれつづけたいのなら決して一線を越えぬこと。

「いつか過ぎるわ、この苦しみも切なさも、耐えなくては。幸せも絶望も、永久には続かない、人生だってそう。忘れ去る時がくるはず、愚かだったと、思える時がきっと。いいえ、それはいやだわ、
すべてを覚えていたい、一瞬一瞬まで、命ある限りずっと」別れた後の列車の中で女はこう自分に言いきかせ、恋の未練をひきずりながら夫のもとへ帰る。

そして変わり映えのしない単調な日常生活へ戻っていく。

最後に夫が妻の浮気ごころを見抜いていたかのような含みのあるシーンが用意されている。

何か話しかけても上の空で、気もそぞろ、急に悲しくなったり、可笑しくなって笑いだしたり、自分ではちゃんとしているつもりでも、日常生活がおろそかになっている。

そんな妻の変化に敏感な夫ならすぐ気がつくだろう。知らぬは本人ばかりなりってこと。

夫もさり気なく振る舞いながら、実はいつもとは違う彼女の様子をこっそり窺がっていたのだろうか。

しかし、この映画は恋した女の揺れる女ごころが手にとるように正確に描かれていますよね。

確かに毎日一緒に生活し、わかりきったつもりでいる相手とのオシャベリよりも未知の男とのオシャベリ(このオシャベリはボディも含めて)の方がずーっと楽しいし興奮する。

でもねー。不倫は覚悟がなくちゃ。

それと駅の喫茶店の女主人の心の移ろいも、この恋と平行して描かれているのだがこれがまた興味深い。

最初はツンケンして取り付く島のない態度なのだが…それがそれがこれが女ごころというものなのでしょうか。

二人が湖でボートに乗るシーンではイギリスの風光明媚な自然がスクリーン全体に映し出されていてとても素敵でした。

それとこの映画、音楽が果たしている役割も大きいですよね。

全編を通して流れるラフマニノフの低く抑えた旋律が物語に陰影を与え、いつまでも余韻が心に残る作品に仕立て上げている。

好い映画でした。
by rampling | 2004-05-19 15:12 | 映画 ・ドラマ