さあ、いよいよ始まった玄蕃と乙次郎の二人道中。《流人道中記》

しかし、鰻の件では乙次郎の複雑なきもちが目にみえるようで、
笑ってしまうわね。

鰻を食べたことの無い乙次郎。
ようやく俺は鰻の蒲焼を食うのだ。
この興奮を決して悟られてはならぬ。
とにかく、このろくでなしの科人にナメられちゃかなわない
と思いながらも玄蕃の箸の動きを真似し、そろりそろりと鰻を頂く。(笑)

乙次郎は、このろくでなしがと軽蔑はしているが、ろくでなしの科人であっても
玄蕃の育ちからくる所作と佇まいの美しさには感心してしまう。

19歳で酒の味も知らず、鰻の味も知らず食べ方も知らず、流人に馬鹿に
されたくない余り、コイツとは余計な口を利いてはならぬと肩ひじ張ってはいるが、
そんな乙次郎の胸の内は玄蕃にはお見通しのこと。

年も貫禄も違いすぎる。
場数を踏み身過ぎ世過ぎも心得ている。
そんな玄蕃は護送される身のくせに、態度が大きく、軽口をたたき、さらに悩みがあるのなら
打ち明けてみななんて、余裕綽々でこの旅を楽しんでいるようにさえ見える。

乙次郎は貧乏上がりの見習い与力と馬鹿にされているような気がして落ち着かない。
道中も玄蕃は前を歩き、乙次郎は後ろを歩く。
傍目には主人の御供をしているように見えてしまう情けなさ。
癪にさわってどうしようもない。
いかにも遣りにくい相手である。
到底敵う相手ではない。
だから乙次郎も嫌味の一言も言ってやりたくなる。

「なぜ腹をきらなかった。非を悔いて潔く切腹すれば、お奉行様方のお目こぼしも
あったろうに。嫌だではすむまい。家族郎党、何よりも家門の存続がかかっていたのだ」

それに対して「のう、石川さん。今さら蒸し返したところで、何の得がある話でもあるめえ。
腹を切らなかったおかげで腹がへる。さて飯にしようで」とさらりと躱す。

しかし、お家取り潰しになり、妻子との別れに際しての酷薄無情ぶりを見ていると、
この男には余程の何かがあったのか。
胸の内にはどういう思いが流れているのだろう。
興味が募るばかりね。

a0006033_13550085.jpg





by rampling | 2018-09-16 14:06 |