もう10年以上も前に、NHKでチェーホフ没後100年を記念して製作された《 小犬を連れた
貴婦人 》を観た。
モノクロで全編嘆きの色にそまった寂しく哀しい映画で印象に残っていた。
その後、原作が同じであるニキータ・ミハルコフの『黒い瞳』をみた。
それまではニキータ・ミハルコフを知らなかった。
同じ原作でもこのような楽天的な笑いが漏れてくる描き方があるのかと感動した。
それで、彼の他の作品も観てみたいと代表作らしい《機械じかけのピアノのための
未完成の戯曲》と《オブローモフの生涯》のDVDを購入した。
わたしは機械じかけのピアノのための未完成の戯曲よりはオブローモフの生涯に
より心が惹きつけられた。
この作品は、オブローモフとシュトリツ、この対照的な二人の男の生き方を描いている。
働らいたり交際するのはイヤ。社交も面倒くさいと一日の大半をベッドの中で
過ごしている主人公のオブローモフは、善良で純粋な性質を持ち、一切の人為を
排し自然に生きることを理想とする漱石の小説によく登場する高等遊民的な人物で、
自然を賛美し知的で美的な生活に時間をついやすのが目的。
消極的で無力感に居座り続ける非行動的な知識人であり、やがては時代に飲み込まれ
自滅していく農奴解放前の貴族。
幼なじみで親友のシュトリッツは活動的で、目的ある人生を生きる野心家で、手練手管を駆使し、彼が目指すものはお金と地位と名誉。
同じ人生を考えるにも「どう生きるのか」と考えるシュトリツ。
「何のために存在するのか」を考えるオブローモフ。
この頃は映画を観てもストーリーよりは美術の方に関心が行ってしまうわたし
なのだが、この作品は映像と音楽だけでも十分楽しめる映画である。
詩情あふれる美しい映像とそれにふさわしい音楽。
滅びゆくものに対しての深い哀惜の情を感じるノスタルジックな映像。
導入部からオブローモフの美しくて平和で闊達な、少年時代のやわらかく優しい
映像が続く。
輝くばかりの外の明るさと暗い室内との対比はフェルメールの絵を見るようで、
ワンシーン、ワンシーンが絵のように美しい。
ニキータ・ミハルコフのその他の作品である《シベリアの理髪師》《太陽に焼かれて》をBSで観たが、わたしは映像的にもこの《オブローモフの生涯》に一番心が惹かれる。